伝承秘薬・妙薬


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宇宙のエネルギーを食す
 〜修験道の食文化・出羽三山ー2〜

 羽黒山の祭神は稲倉魂命(うがのみたまのみこと)である。この神は稲の神様であり古代から引き継がれた農耕民族の「食物神」なのだ。 そして羽黒山の黒いニギリメシが「まんまる」であること。柳田国男は丸餅を例にとって云ったが、まさしく魂の形を表すものなのだ。

黒米  ニギリメシは山伏言葉でテマリという。ふるまわれるテマリの表面には胡麻のような粒がまぶされており、この正体はトンブリである。 かつて羽黒山伏は神前に供えるため黒米を神田で栽培していた。ちなみに、ハレの日は白米に小豆をまぶし、松例祭では黒米と、 おのずから厳格なる"決め"があったのだが、トンブリまぶしはもはや黒米の再現でしか無い。 江戸時代の津軽には「赤米」、「黒米」、あるいは「赤むろ」、「黒むろ」、「青むろ」の名があったという。

森月  扠、この「ふるまい」はなにゆえか。いにしえより祖先の霊や八百万の神々を畏れヤマを崇めた里人と、 ヤマ荒行であまねく里の衆人の祈願を込め修行した山伏たち。里人は松例祭に詣でて五穀豊穣・家内安全・護国安泰を願う。 このとき、決められた行を終え羽黒山神霊の修験を積んだ山伏たちが、その神霊を里人の皆の体内にとり移す祭事にほかならない。 修験者は自力本願であって他力本願ではないゆえに、里人は「まつらう祈り」をそれこそ神頼みに一心に委ね祝い、 修験者を特異な存在として、聖として、里人には思いも馳せぬ修験者をカミとして観て、魂の御馳走を食したのだ。 「直会(なおらい)」の儀、神祭で神前に備えた神饌をおろして、祭祀者や氏子たちが食べる神人共食の宴がはじまる。 松例祭は羽黒山の心霊を一人ひとりの体内にとりいれるためではなかろうか。
(薬研特別注釈 : 修験者が己の意志と一心一体の祈願による自力本願である一方、あまねく里人は他力本願であったことを忘れてはならない。「仏教」は殆どの宗派が他力本願である。このことと神道がどのように作用したのかは後述したい。神道と仏道の融合は我が国民において極めて興味深いものである。なお、本特注釈は内藤著文から抜き出したものでは無い)
 深夜11時、やがて松例祭がクライマックスを迎える。 「松打(まつうち)」のあと、いよいよ宇宙の五大元素・五大五色を表す「サシグシ」と「にしのすし」がおこなわれるのだ。

2006.09.20.

【薬研注釈】

赤米  いずれも「古代米」に分類されるもので、特徴として玄米の色が赤や黒や緑などの希色素米が多い。 特に黒米は稲穂の一粒一粒に針のような芒(のぎ)を持つものが多く、現代米の穂のようには垂れず、またコメとしての収穫量もおよそ五割前後と少ない。 写真には黒米と赤米を示したが、いずれも現代薬理論の観点では特有の色素を持ち、今に云うファイトケミカルに属するものと断定しても過言ではなかろう。 すなわちアントシアニンを含むもので、栄養素やミネラル含有量は現代米の比ではなく多く含み、滋養・強壮にたいへん優れたものであった。

 古代中国の宮廷においては極めて貴重なものとされたが、明治時代の我が国においてはこのような色素を持つ米を廃絶するのが国是とされた。 確かに収穫量は少ないものの、國をあげて毟り取るようなものではなかろう。判らない事を無知と云う。判っていて益を損なう行為を莫迦と云う。 無知は人々の知恵でたいがい導き得るが莫迦は救いようが無い。幸いにして古代米のDNAはごく少数の識者により残存するものの、先行きが案じられる。

現代  黒米は歴代の皇帝にとって珍貴な米であり、宮廷献上米として長く宮廷において食されていた。 分析値を見ると驚かれようが、黒米はバランスのとれた栄養成分が含まれていることから滋養強壮の作用があり、虚弱体質の改善に効果があるとされ、 胃腸を丈夫にし造血作用が強く頭の働きも良くなると云われている。 古代中国の云い伝えでは、黒米を食べると肌が滑らかになり髪の毛を黒くし若返りに効果があるとされた記録がある。 野生稲の特徴を受け継いでいるコメであり、邪馬台国や大和朝廷への献上米あるいは尾張国正税帳や枕草子にも記され、 後世では井原西鶴の書にも赤米として記録される古代米。努々断ち切ってはならぬものであり、 「何とか時代」などと教科書的に述べる歴史区分なぞ歯牙にもかけなかった修験の者こそ識っていておかしくは無いのは当然であろう。

内藤さん

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