ゲストドクター


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慢性疼痛

 薬研から「ホームページに連載で掲載したいので書いてくれないか?」と言われてさあ困った。 私には学際的に書く事も出来ないしと考えていたが、まあ、いいや、とにかく始めて見ようとキーボード打が始まった。

●漢方との出会い
 私は現在では日本でも有数の過疎の村で育った事もあり、小さい頃は時間があれば山や川に行って遊んでいたから、 きっと薬草の一つにでも出会っていたのだろうが、その頃は遊ぶのに夢中でそんなことは、一度たりとも意識した事はなかった。

●運命
 医学部も卒業間近になってくると、現在の研修制度と違ってストレートに各医局に入って研修する制度であったので、 どこの医局に所属しようかと考えるようになる。 まあ、たいていの人は内科や外科でその中の呼吸器とか消化器とか循環器とかを専門にする医局を希望する。 それ以外も私が卒業する頃は、産婦人科や小児科が主で、小さな科を希望するものはあまりいなかった。

 私はその当時、外国に憧れ、出来れば米国で研修を受けてみたいと思っていたので、 当時の留学試験だったECFMGを取ったり、TOEFLEにチャレンジしていたのだが、英語は中学、高校時代の不勉強のつけが来たみたいで、 全くと言っていいほどしゃべるどころか理解する事も出来なかった。そこで、国家試験に合格してから意を決して1年間、 英語の専門学校に行こうと決めたのだった。同級生はいろいろと言ってきたが、自分の信念を通すため、朝10時から午後3時まで毎日、 加えて月、水、金はTOEFLEの専門の学校に午後6時から8時30分まで通った。 秋にさしかかる頃、ようやく、TOEFLEのスコアーも550をクリアーできた頃から、さて、来年はどこに所属しようか?とまた、悩みが始まった。 ちょうどその頃、仲が良かった同級生と連絡をすることがあり、私も英語の方が落ち着いてきた事や、来年の事もあるので、 彼女が所属している麻酔科にお邪魔する事になった。

 学生時代からこの教室の教授の授業はおもしろいなと思っていたので、どんな教授かいっぺん話してみたいという思いも強く、 確かな記憶はないが、教室の飲み会に参加させていただいた様な気がする。そこで、外国に対する私の思いを語った。 その教授は、若い頃、ボストンで麻酔の研修を受けたそうで、私の思いをある程度受け入れてくれたのだろう。 「私の所に来て、あなたの自由にやりなさい。学問は元々自由なんだから。」とおっしゃってくれた。

 その医局は出来たばかりで医局員も多くなく、何の研究設備もない小さな医局だったが、その教授の言葉で入局を決めてしまった。 その医局は、麻酔科なので当然、手術に関連する麻酔をかけるという業務はあるのだが、それ以外に、特徴的な2、3の事をやっていた。 その一つが、慢性疼痛である。
To be continued.
2005.11.17.

山根さん

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